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塊的バトン by 六度九分

2009年のブラックバス業界最大のトピックは「エサ釣り」でした。
先日、晴れて世界タイ記録として認定された琵琶湖のブラックバス(10.12kg)は活きたブルーギルがエサとして使われました。 日本のトーナメントシーンでトップクラスと称される相羽純一氏が、ルアー釣りの大会でエビを使い失格除名処分となったのは3月のことです。

「世界記録を狙うような釣り」と「日本で一番のトーナメンターを決めるような大会での釣り」というギリギリの状況での選択が「ルアー」ではなく「エサ」であった事は、「エサのほうが釣れる」事を端的に示しました。

しかし釣り場に出かけてみると、エサを使ってバス釣りを楽しむ人はほとんど皆無です。  別にルアーを投げる人が魚を釣ろうとしていない訳ではありません。 むしろ皆いかにしてたくさん釣るかを日夜アアでもないコウでもないと試行錯誤に暮れます。 そもそも釣人はエサの方が釣れる事を知らない訳ではなく、それでもルアーを投げていると言った方が正確でしょう。
魚が釣れるように工夫を重ねるにもかかわらず、最も釣れる可能性が高い方法、即ちエサ釣りを選ばないという倒錯が釣り場では起きています。

私がはじめてルアーを作ったのは中学生の頃でした。
最初に作ったのはミノーでしたが、今で言うセイラミノー的な動きだったので投げる気がせず、そのままお蔵入りとなりました。
その際「メッシュ模様」に挑戦したものの、塗料の出が良い缶スプレーで塗装したためにグニュグニュべたべたになった記憶があります。
次に挑戦したラバージグでは、先にラバーを割いてそれをジグヘッドに巻きつけるという難度の高い作り方をしていました。

あの面倒臭さは思い出すだけで気が遠くなります。
ラバーをジグヘッドに巻きつけてから引っ張りつつ割く、という技を知ったときは震えが止まりませんでした。
プラスチックのルアーには必ず「エイトカン」と呼ばれる、針を取り付けるための金具がついていますが、私はバルサで作ったクランクベイトにもその金具を採用していました。 魚を掛けるたび、針がスポスポ抜けたのはご想像の通りです。アレは悪いことをしました。

振り返れば、私もそれなりに冒険者であったようです。
その延長線上に六度九分があるわけですが、こういう個人史を読むと私はそのメーカーの世界観に触れた気がします。
他の塊メンバーの記事を読んでも「大事にしている物・事」が何となくそれぞれに感じられました。

エサよりもルアーが選ばれるのは、それぞれの「世界観に触れる」事でラジカルなコミュニケーションの欲求を潤しているんじゃないかと、そう思える節があります。

開高健の著書「もっと広く」の見開きにこうありました。
「魚釣りは子供のうちはいいけれど、大人になってからやるものではありません。人を孤独にしすぎます。」 
―フランス・モンペリエの下宿のおばさん―

かつて釣りとは極めて個人的な行いでしたが、ルアーを媒介にすることで釣り人のコミュニケーションのバリエーションは倍化されました。
ただエサを使って釣りをするよりは、「釣果至上主義」の名の下に作り込まれた複数のルアーを操る方が人に触れる機会が増す。 或いは、「釣れても釣れなくても野外でゆっくり過ごす時間って贅沢だよね」という考えを持った人が作ったルアーを使うことで、何となくそういう気分になる。
ルアーの台頭によって、人の多彩な価値観に触れる機会が増し、釣りの捉え方が豊かになったのは確かでしょう。

個人ビルダーが面白いのは、とにかくエゴイスティックである事に尽きます。
自分がやりたいことしかやらないのが、大人になれないのが個人ビルダーです。
その世界観に触れることで、私のモノの見方は多様化されてきました。
そういうどうしようもない子供が集まったのが塊である、と私は思っています。
そりゃ面白いよね。

| 六度九分 | 20:20 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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